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私が経験した歯髄炎の眠れない夜
社会人になって数年、仕事の忙しさを理由に、私は歯科検診をすっかり怠っていました。そんなある日の午後、熱いコーヒーを飲んだ瞬間、右下の奥歯にピリッとした鋭い痛みが走りました。一瞬のことだったので、その時はあまり気に留めませんでした。しかし、その夜から、私の長い闘いが始まったのです。夕食後、何もしなくても奥歯の奥がズキ、ズキと疼き始めました。それは、これまで経験したことのない、体の芯から響いてくるような鈍い痛みでした。市販の痛み止めを飲んでみましたが、気休めにもなりません。ベッドに入っても、痛みは一向に治まらず、心臓の鼓動に合わせて歯が脈打つような感覚に、冷や汗が流れました。寝返りを打つたびに、痛みが頭に響きます。時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる暗闇の中で、私はただひたすら痛みに耐え、天井を見つめ続けました。いつの間にか、窓の外が白み始めていました。ほとんど一睡もできず、疲れ切った体を引きずって、私は朝一番で近所の歯科医院に駆け込みました。やつれた私の顔を見た先生は、すぐにレントゲンを撮り、口の中を診察しました。そして、静かに告げたのです。「これは歯髄炎ですね。虫歯が神経まで達して、中で炎症が起きています」。診断を聞いた瞬間、私は痛みと寝不足で朦朧としながらも、なぜか少しだけ安堵しました。この耐え難い痛みに、ようやく名前がついたからです。そして、今日、この痛みから解放されるかもしれないという、かすかな希望が見えたからでした。すぐに麻酔をしてもらい、治療が始まりました。歯を削る甲高い音と振動が伝わってきます。そして、痛みの根源である神経が取り除かれた時、私は心の中で「終わった」と呟きました。もちろん、治療は一度では終わらず、その後も何度か通院が必要でしたが、あの眠れない夜の激痛に比べれば、何でもないことのように感じられました。この経験は、私に健康のありがたみと、体のサインを無視することの恐ろしさを、骨身にしみて教えてくれました。