それは、一本の奥歯から始まった、私にとって長く静かな戦いの記録です。ある日の夜、冷たい水を飲んだ瞬間にキーンと走った鋭い痛み。それが全ての始まりでした。最初は気のせいかと思いましたが、日に日に痛みは増し、やがて何もしなくてもズキズキと疼くようになりました。市販の痛み止めも気休めにしかならず、眠れない夜を過ごした末、私は観念して歯科医院の扉を叩きました。レントゲン写真に映し出されたのは、奥歯にできた真っ黒な影。虫歯が歯の神経にまで達しているという、聞きたくなかった診断でした。そして、先生は静かに「神経を抜く治療を始めましょう」と告げました。治療当日、私は緊張でこわばりながら診察台に上がりました。麻酔の注射は少しチクリとしましたが、しばらくすると歯の周りの感覚がなくなっていくのが分かりました。ウィーンという甲高い音と共に、歯が削られていきます。痛みはありませんでしたが、自分の体の一部が機械で削られていく振動は、なんとも言えない不安な気持ちにさせました。そして、先生が「今から神経を取っていきますね」と言いました。細い針金のような器具が歯の中に入っていくのが分かりましたが、不思議と痛みはありませんでした。むしろ、今まで私を苦しめてきた痛みの根源が取り除かれていくことに、少しだけ安堵感を覚えたほどです。その日は、根の中を消毒し、仮の蓋をして終わりました。治療は一度では終わらず、それから週に一度のペースで通院が続きました。毎回、仮蓋を外しては、根の中を何度も消毒します。治療中の歯では噛めないので、食事はいつも反対側の歯ばかり。硬いものが食べられない不自由さを痛感しました。一ヶ月ほど経ち、ようやく根の中がきれいになったと診断され、最終的な薬を詰めて土台を立て、銀歯の型を取りました。そして、治療開始から約二ヶ月後。ついに新しい銀歯が装着され、私の長い治療は終わりを告げました。失った神経はもう戻りませんが、激痛から解放され、再び両方の歯で食事ができる喜びは、何物にも代えがたいものでした。この経験は、私に歯のありがたみと、日々のケアの重要性を教えてくれた、忘れられない出来事です。