口の中を噛んでできた、小さな白い傷。痛みもそれほどひどくないし、そのうち治るだろうと、つい放置してしまいがちです。確かに、ほとんどの場合は、体の自然治癒力によって、1〜2週間もすればきれいに治ります。しかし、ごく稀に、その安易な放置が、より深刻なトラブルを引き起こす可能性があることを知っておく必要があります。噛んだ傷を放置する最大のリスクは、「細菌による二次感染」です。口の中は、常に多くの細菌が生息している環境です。健康な粘膜は、これらの細菌から体を守るバリア機能を持っていますが、傷ができてそのバリアが破れると、そこから細菌が容易に侵入してしまいます。細菌が感染すると、傷の治りが悪くなるだけでなく、炎症がひどくなり、痛みや腫れが増大します。場合によっては、傷口が化膿し、膿が出てくることもあります。特に、糖尿病などの持病がある方や、高齢で免疫力が低下している方は、感染のリスクが高まるため、注意が必要です。次に、長期間にわたって治らない傷を放置するリスクとして、考えなければならないのが「口腔がん」の可能性です。噛んでできた傷が、2週間以上経っても全く治る気配がない、傷の周りが硬くなってきた、大きさがどんどん広がっている、といった場合は、単なる傷ではなく、悪性腫瘍の初期症状である可能性も、ごく稀ですがゼロではありません。特に、合わない入れ歯や、尖った歯が、常に同じ場所を刺激し続けているような状況は、慢性的な刺激ががんの発生リスクを高めることが知られています。これは「刺激性潰瘍」と呼ばれ、がん化する危険性をはらんでいます。もちろん、ほとんどの治らない口内炎が、がんであるわけではありません。しかし、「2週間以上治らない口の中のできものは、専門医に診てもらう」というのは、口腔がんの早期発見における、世界共通の鉄則です。たかが口の中の小さな傷、と侮ってはいけません。口腔内を清潔に保つ、刺激を避けるといったセルフケアを実践しつつ、少しでも「いつもと違う」「治りがおかしい」と感じたら、ためらわずに歯科や口腔外科を受診する勇気を持つこと。それが、あなたの健康を守るための、賢明な判断と言えるのです。