歯科診療の現場で患者様から頻繁に受ける質問の1つに、犬歯と八重歯は何が違うのかというものがありますが、これに対する回答は明確です。犬歯とは、上下左右に計4本存在する特定の歯の名称であり、八重歯とはその犬歯が正しい位置から逸脱して生えている不正咬合の一種、専門用語で「唇側転位」と呼ばれる状態を指します。まず犬歯の解剖学的な特徴を挙げると、歯冠が尖っており、非常に強固で長い根を持っていることが挙げられます。この根の長さは、横方向の力に対して強い抵抗力を発揮するために進化してきたものであり、私たちが食事の際に下顎を左右に動かす時、上下の犬歯が接触することで他の歯を保護する「犬歯誘導」という重要な機能を担っています。もしこの誘導が正しく機能しなければ、構造的に横方向の力に弱い臼歯に過度な負担がかかり、歯が折れたり、被せ物が外れたり、最悪の場合は顎関節症を引き起こす原因となります。これに対して八重歯の状態にある犬歯は、多くの場合、上下の歯が噛み合うポイントに到達していません。つまり、八重歯の状態にあるということは、その人が持つ最も丈夫な歯である犬歯が、本来の役割を1%も果たせていない宝の持ち腐れ状態にあることを意味します。また、衛生面での問題も看過できません。八重歯の部分は歯が重なり合っているため、通常のブラッシングでは毛先が届かない死角が必ず生じます。1日に3回丁寧に磨いているつもりでも、重なり合った隙間にはプラークが溜まり続け、隣接する側切歯や第一小臼歯が虫歯になるケースが後を絶ちません。さらに、八重歯によって唇が押し上げられるため、口が自然に閉じにくくなり、口呼吸を誘発することもあります。口呼吸は唾液の分泌を抑え、口腔内の自浄作用を低下させるため、さらなるトラブルの引き金となります。患者様の中には八重歯をチャームポイントとして残したいと希望される方もいらっしゃいますが、医学的な観点からは、犬歯を正しい位置に戻し、歯並びを整えることが将来的な歯の喪失を防ぐ最善の策であると断言できます。犬歯という素晴らしい機能を備えた歯を、八重歯という不自由な状態から解放してあげることこそが、私たちが推奨する歯科医療のあり方です。
歯科医が解説する犬歯の役割と八重歯の弊害